都市論備忘録

あと4か月(最初の1年)は都市計画の理念的なところをざっと広げて勉強して、最後1年でその中の制度的なもの、理論的なもの、手法的なものへとぐっと縮めて行こうと思う。

具体的にいうと、都市計画から建築や歴史や地理や人口論へと派生していくと、哲学的な議論になりがちだ。一方で、法律、経済、土木、情報科学方面に派生すると、制度や手法論になっていく。気がする。

最初1年で前者の哲学的なものに対する自分の立ち位置みたいなものを漠然と思考して、後半1年で制度的なものを調べまくって、最終的に今の中国の都市についての理解を深めていきたい。

今日も都市計画という雑誌を引き続き読んでいたが、やはり中国の都市は、まだ近代都市計画(国家主導、平面的拡大開発、家族から個人へ、交通手段主導)の段階だと感じる。日本は、今後、住民主導、縮小複合開発、個人から(何かしらの)つながりへ、情報主導と動き始めていくような気がする。

それにしても、近代以降の日本の都市計画の無計画さを批判している有名な建築家たちが、中国で様々な仕事をしているのはどうなのか。結局、建築家たちも新しい時代の「まちづくり」よりも、近代型「都市計画」の方が心地がいいということではないか。